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Selfishly

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久遠の輪舞(前編)第6章



・・・・・ 『 久遠の輪舞・前編第6章』 ・・・・・
             
              * オフ本よりのアップ

  ~Doppefuge《ダブルフーガ》~





 流れ去る風景も、闇が濃すぎれば、さして何も映さずに変わっていく。
 ロイは、ゆっくりと瞼を閉じると、先ほどまで逢っていた相手を思い出す。
 そして、唐突に浮かんだ、先ほどまでの疑問を。

 指定の時刻を過ぎ去って随分と立つのに、ロイは腰を上げられずにいた。
 本当なら、急に飛び込んだ案件のせいで、出来るだけ早く戻らなくてはならないからだ。 
 自分にその件を伝えてきた、真面目な副官の申しわけ無さそうな表情が思い出される。
 なのに、今だ約束の時刻が過ぎても、ロイは待ち続けている。
 いや、待ち焦がれていると言った方が、良いのかも知れない。
 一月か数ヶ月に1回、顔を合わせれるこの機会を、ロイは心待ちにするようになっていた。
 親しい者に逢えるからと言うには、執着している度合いが、濃すぎる。
 それはまさに、焦がれていると指摘されても、間違いだとは言い返せないだろう。
 不思議に思う自分に、自問自答したところで、いつも答えなど出ては来ない。
 感情の一つと片付けてきたそんな心の動きに、思考を働かせる事を止めてしまっていた。

 なのに…。

 問いかけは突然に、ロイの中に湧き起こってくる。
 心もとなく視線を泳がせていたエドワードが、自分に気づいた時、
 泣きそうに歪められていた表情が、綻ぶように広がっていく。
 自分に逢えた喜びを、素直に映したエドワードの素の表情は、ロイが今まで見た、
 どんな人間よりも、綺麗で鮮やかに映る。

 そうして、唐突に気づくのだった。

 次の再開を、早くと強請るくらいには…。
 間近に見える綺麗な顔に見惚れてしまうほどには。
 彼の口から語られる、自分以外の影に不機嫌になるほどには…。
 ロイはエドワードに、惹かれているのかも知れないと。

 その疑問が、どこから生まれ、どういう意味を持つのかを、ゆっくりと揺られる列車の中で、
 取留めもなく繰り返し考えてみる。
 
 次に逢える時には、少しはこの問いの答えが出ているだろうか…と、思いながら。



 そんなロイの杞憂も、解き払われることなく日々が過ぎていく。
 忙しい日常に入り込めば、自分の事などに使える時間は、殆どないに等しい毎日だ。
 ヘトヘトになるまで仕事に追いまわられ、追い駆けて、気を失うようにして、短い睡眠を得る。
 そんな眠りに、夢を見る暇も無い有様だった。
 なのに、不思議なことに。 
 眠りに落ちる僅かな間に…。
 ふとした弾みに、空いた時間に、繰り返されるフレーズが聴こえてくる。
 音は言葉には成らず、調だけ繰り返し奏じられている。
 耳を澄ました処で、そんな曲も歌も流れてもいないのに。
 何度も歌われて、奏じられているのは、ロイの内なる奥から鳴り響いている…。
  そして、その調が奏じられている時には、必ず一人の残像が浮かんでくる。 
 不可思議なその感覚は、決して不快なものではなく、ロイに忘れかけている幸福の余韻を
 思い出させていくのだった。

 

 ***

 不思議な感覚を抱いている日々は、そう長くは続かなかった。
 それが何故かと言えば、ロイの希望通り、エドワードとの報告を受ける日が、
 最短の期間で叶えられることとなったからだ。
 前回の慌しさを省みて、今回はそんな事が起こらないようにと、注意は出来るだけしておいた。
 後は、突発の出来事が持ち上がらない事を願うだけだ。


「では出かけてくる。 留守の間は、宜しく頼む」
 短い挨拶の後、機嫌も麗しく出かけた上司を、司令部の面々は苦笑と共に送り出した。
「なっつーか、超ご機嫌っすよね」
 ハボックが、ニマニマと笑いを浮かべながら、そんな風に話し出すと、我も我もと皆も参加してくる。
「そうですよね。 あんなに楽しそうな表情の准将なんて、久しぶりじゃないですか?」
 そのフュリーの意見に、皆も頷きながら、明るい笑顔を浮かべている。
「准将は結構な我慢派ですが、やはり楽しみや喜びを感じる時も大切だと、
 再認識させられますな」
「っうても、大将と逢うだけだろ? それが息抜きで大喜びってのも、寂しくねぇ?」
 いやはやと、腕組しながら首を振り、そう話すハボックに、少し離れた場所に居たホークアイが、
 小さな笑みを浮かべる。
「エドワード君と逢えるから、喜んでいらっしゃるとは考えないの?」
 その彼女の言葉に、ハボックはへっ?と言う表情で見返して、機微に敏い者は、
 ホークアイの言葉に含み笑いを返している。
 その後、イマイチ話の流れを察し切れないハボックが、怪訝な表情で首を傾げ続け、周りの者から、
 同情めいた視線で見られる事になっていた。



 速度を上げる列車の中、窓際の席で頬杖ついて外の風景を見ている様子は、
 流れる風景を楽しんでいるようにも、列車の旅を満喫しているようにも伺える。 
 が、実際のところ、ロイの目には風景など、全く入ってきてもいない。
 この先に久しぶりに逢えるエドワードが待っていると思うと、それだけで、
 くすぐったいくらいに楽しみな気持ちが体中を駆け巡っているのだ。
「お出かけ前の子供と、変わらんな…」
 そんな自分を哂う言葉を呟きながらも、目も頬も和らいでいる自分を大目に見てやる。 
 前だけ見つめ、ひた走りに走っては来たが、人とはそれだけでは生きてはいけないようだ。 
 ややこしい事だと頭では考えても、生まれた思いは消えはしない。
 なら、無理して消すよりも、認める方が遥かに建設的だ…そんな風に嘯いて、
 これからの時を喜ぶ自分を、素直に認めてやる。 





 待ち合わせのホテルの一室で、程なくやって来るだろう相手を待つ気持ちも、
 酷く穏かで凪いでいる。
 そうしてみて初めて、自分が穏かな日々とはかけ離れて暮らしていた事を
 思い知らされるのだった。

 毎日がむしゃらに、夢を叶える為に生きる事も良いだろう。
 一つの道を、脇目も振らずに、走り続ける事も、時には必要だろう。
 成すべき事の為に、手にすべきことの為に、
                無我夢中の毎日も、大切な事だ。

 が、それだけでは、生きているとは言えないと思ったなら、素直にそれを認めて、
 一歩踏み出す事が、もっと大切なことなのかも知れない…。

 扉のノックの音に、ロイは鍵を開けて迎え入れる為に、近づいていく。
「はい?」
 ロイの短い問いかけに、相手も短く返してくる。
「俺だけど」
 その声に、ロイは鍵を外して、扉を開く。
「やぁ、お疲れ様」
 にこやかなロイの様子に、エドワードの頬も緩んでいく。
「ん。 待たせたかな?」
 小さな笑みに、伺う空気を見せながら入って来たエドワードに、
ロイは、「いいや」と答え返して、部屋のソファーを勧める。
「何か飲み物は?」
「んっー、何か冷たいものある? 」
 ロイの飲み物に目をやってから、希望を伝えてくる。
「ああ確か、冷蔵庫の中にジュースがあったような…」
 そのまま、備え付けの冷蔵庫から、冷えたジュースを取り出してやり、エドワードに手渡してやる。
「サンキュー。 外、結構暑くてさ、喉が渇いてたんだ」
 小さな音をさせて蓋を開けると、美味しそうに飲み始める。
 ゴクゴクと喉を鳴らせて、飲んでいるエドワードは、無防備にも喉元を逸らして飲み干していく。
 白い肌をさらして動く喉元は、まるで小動物の腹のように、滑らかで柔らかそうに見えて、
 思わず触れて、撫でてみたくなる。
「ふぅー、ご馳走さん。 …何だよ? 何か変だったか、俺?」
 見つめすぎていたせいか、人心地ついたエドワードが、怪訝そうにロイに訊ねてくる。
「いいや…、何でも」
 ロイは哂う…現金過ぎる自分自身を。

「そっか? まぁ、いいけどさ…。 
 あっ、こっちが前回の纏めを書いてきたんだ」
 ロイの曖昧な返事に、納得していない様子ながらも、切り替え早くも、報告書を取り出し始める。
「鋼の、先に私の方のお願いを聞いて欲しいんだが?」
「お願い?」
「ああ、ちょっと試してみたい事があるんだが」
 ロイの言葉に、取り出した報告書を置いて、視線を向けてくる。
「何? なんかの実験とか?」
 表情を引き締めて、そう聞いてくる相手に、ロイは少々困ったような表情を浮かべる。
「まぁ、実験と言えなくもないが…。 君の協力が不可欠だ」
「俺の?」
 怪訝そうな様子のエドワードに、しっかりと頷き返す。
「わかった。 で、どこでやるんだ?」
 真剣な表情のエドワードに。
「ここで」
 と、短く答えると、軽く目を瞠って、驚いている様子を見せてくる。
「ここで!?」
 多分、ロイが手を借りたいと言ったので、余程の難度が高いか、危険を伴う事柄かと思ったのだろう。
「大丈夫なのか…?」
「ああ、特に問題はない…と思うが。
 すまないが、少し目を瞑っていてくれないか?」
 その言葉にも、大きく疑問を呼んだようだ。
「目を???」
「ああ、そうして貰えれば、私の負担が少しは軽くなるんでね」
 突拍子も無いロイの提案に、驚く様子は見せるが、それを疑ったり、不安がる様子は見せずに、
 「わかった」と小さく返答した後、瞼を下ろしてくれる。  そんな小さな信頼の仕草一つにも、
 ロイの心が温かくなる。
 そしてゆっくりと、腕を伸ばす…。

 両の手の平で小ぶりな顔を包むようにすると、驚いたのかピクリと睫が震える。
『睫も茶色なんだな…』
 そんな小さな発見にも、走り出した感情は、ワクワクとした鼓動を刻んでくる。
 本来の色とは違うが、彼はどんな色を纏っていても、見間違える事が出来ない存在感を湛えている。 
 それはずっと…、そうもっと幼かった頃から。
 ロイは挟み込んだ手の平から感じる温かさに惹かれるように、そっと顔を近づけていく。 
 そして、震え小波のように泡立つ感情を吹き込むように、自分より小ぶりな唇へと口付けを落とすと…。


「やっぱり…な」
 と感無量な声を零す。
 目の前では、驚きで見開かれた瞳が、ロイを映している。
「なっ! なっなっ…何すんだよ!」
 零れ落ちそうに瞠られた大きな瞳は、それこそ限界まで開かれ、本当に目玉が
落ちるのではと心配させられる。
 首まで真っ赤に染め上げて、驚嘆の表情をくっきりと表していはいるが、
嫌悪の色はないのを見て取ると、ロイは小さく微笑んで言葉を続ける。
「考えて判らないなら、触れてみればいいかと」
 そんな意味不明な言葉を告げたロイに、エドワードの瞳が険しく眇められる。
「何を!?」
 怒気を含めて問いただしてくる相手に、ロイは逆に問いかけてみる。
「君はどうだった? 嫌だったか?」
 その問い懸けに、エドワードの動きが止まる。
 滑らかな頬は、まだ手の平の中だ。
 これだけ驚いていると言うのに、エドワードは離れるでもなく寄り添ったまま傍に留まっている。
 それが答えのようで、温かさから、少しだけ熱くなった頬を摩るように撫でて示す。
「気持ち悪いと思ったかい? それとも、腹が立った?」
 そして、そこで言葉を止めて間を空けると、じっとエドワードの瞳を見つめる。 
動揺や困惑を濃くする瞳の中に、それ以外の言葉を見つけて、ロイは甘くなる声を抑え切れずに問う。
「…… それとも、もう1度と?」
 楽しそうに窺ってくる黒い瞳が、エドワードに視線を合わせてくる。
 真っ黒な闇の色が、これ程雄弁だとは、思いもしなかった。
 ずっと囚われていたのかも知れない、自分は。 この深く暗い優しい闇の色に…。
 
 言葉は返らず、代わりに光を湛えた瞳が閉じられる事で、問いの応えが返ってくる。
『もう1度と』
 ロイは満足の吐息を小さく吐き出しながら、ゆっくりと唇を近づけていく。
 今度は試すためでも、確認する為でもなく、恋人との初めての口付けを感じる為に。


 触れて初めて判ることも有る。 
 相手の体温や、匂い。 鼓動や、息遣いも全て、触れなければ知りえなかった事だ。 
 そう自分の抱く思いの言葉も、こうして触れることで初めて理解されていく。
 躊躇いがちに合わされた唇が、何度も触れては離れ、離れては触れていく。
 色々な角度から合わされてゆく唇が、回数を増やすたびに、少しずつ長く、
強く触れ合わされていくのを、エドワードは固く閉じた瞳の奥で感じていく。
 触れ合わすだけの幼い口付けにも、身体を硬くしているエドワードに、ロイは根気強く、
辛抱強く、何度も優しく啄んでは互いの体温が交じり合い、分け与えようとでも言うように
染みこませて行く。
 衣服越しにも、触れる互いの身体が熱くなる頃になると、ゆっくりとだが、徐々にエドワードの
身体からも力が緩められていく。
 ロイはそんな相手の反応を敏感に察して、勇気付けるように、宥めるように、背に回した手の平で、
エドワードの背を撫でてやる。
 そんなちょっとして行動にも、手の中の身体からはピクリと戸惑いの反応が返ってきて、
初心な彼の反応が可愛くて、嬉しく思えて、更に背に回す腕に力が籠もる。
 ロイのもたらす熱に勇気付けられたのか、おずおずと腕を回してくる仕草に気を良くして、
強請るように固く閉じられたままの唇の隙間に舌を這わす。 途端、驚いたように引く身体を
強引に引寄せて、口付けを深くし、頑なな扉をノックし続ける。
 湿らせるように舌を這わせて、伺うように突いてと何度も繰り返す内に、閉じられていた隙間が
少しずつ、戸惑いを含みながらも、薄く開かれていく。 ロイは驚かさぬように、開かれた隙間から、
ゆっくりと自分の舌を侵入させていく。 最初は唇の淵を、形を感じるようになぞる。
 エドワードはくすぐったいのか、腕の中で小さく身を捩る。 それをあやすように背を撫で上げ、
そのまま片手を上に這わせて昇らせては、優しく項を掴んでしまう。
 頭を固定してしまえば、思う存分口内を味わえる体勢が出来る。
 ロイはそのまま、唇を辿っていた舌で、歯列を割るように強引に入り込むと、エドワードの心情を
そのまま表して、オロオロと逃げ惑う彼の舌を絡め取ってしまう。

 多分、優しくしようと理性が効いていたのは、その辺までだったような気がする。
 絡め取った舌が、拙いながらも応え様と反応を返してきた後は…腕の中の相手を感じるのに無我夢中で、
よく思い出せないからだ。 拙かったかと思えるようになったのは、それから大分と時間が過ぎ、
腕の中の体が重みを増して、ぐったりと自分に凭れ込んで来て、初めてロイに思考が戻ってきたのだった。


 
 ソファーに崩れ落ちるように座り込んで、互いに整わない息を落ち着けようと、必死に呼吸をする。
 ハァハァハァと肩で息を付いてる自分が、可笑しくて仕方が無い。
 ここまで必死に口付けだけをしているなんて、一体幾歳ぶりだろう?

 ・・・・・ いや、もしかしたら始めてかも知れない。

 青二才の青年のような自分を嘲ってしまうが、それも相手がエドワードだと思えば、
不思議と恥ずかしいとは思わない。
 彼はそれだけ自分を夢中に、虜にさせるだけの相手なのだ。
 そんな相手に出会えた事だけでも、今の自分には信じられない奇跡に近い。
 自分など捨ててしまったと思っていた。
 叶えなくてはならない目標は高く、大きい。
 自分や自己に拘っていては、到底、手に届かない目標だ。
 
 だから、全てを捨てても良いと思っていた。 
 命さえ残れば、後は何とでもなると、高をくくってもいた。

 そんな自分を、人へと戻してくれたのは、今この腕の中に留まっている幼い少年だった。 
 信念を抱き続けることと、自分の幸せを掴むことは、別段違えることではない。 
 そう彼は自分の生涯を賭して、それを示してくれる。
 全てを捨てる事と、手に入れていく事は、矛盾しているようで同義語なのだ。
 捨てるから、その空虚感を埋めるように、人は次を欲して生きていく。 
 なら、捨てなければ?
 捨てれないのなら?
 何も、自分も捨てれないのなら?
 
 抱き続けるしかないのだ。 全てを覚悟して。
 そして、守り通す力を付けて行くしかない。
 それしか、失わない手立てが無いのなら………。

 それでも、手の平の隙間から、サラサラと零れ落ちるもの達もあるだろう…。
 全てを掴み続けるには、人は余りにも小さく、弱い生き物だから。
 だから、絶対に失えないものだけ、自分の手にしっかりと掴んでいればよいのだ。
 答えはいずれ、手を開いたときに顕れる。
 それを喜ぶも、嘆くも、審判は死の間際まで下される箏は無い。
 
 なら、今を見誤る事無く、必死で掴んでいよう、最後のその時まで。



 ロイは腕の中で、漸く息が整い始めてきたエドワードを見つめていた。
 今は息を落ち着かせるのに俯いているが、もう直ぐに、その瞳に自分を映してくれるだろう時を待つ。
 「はぁー」とやれやれという風に、最後の深呼吸を終えると、漸く顔を上げる気配が伝わってきた。
 そう、伝わったと思った瞬間。
 バッチーン!!
 と派手な音が鼓膜を響かせ、呆気に取られた後で、頬がジーンと熱くなって、
頬を叩かれた事を実感させられた。
「は、鋼の…?」
 茫然と叩かれた頬を押さえ、キッと眇められた瞳を見下ろす。
「このぉ! 馬鹿!」
 第一声の怒鳴り声に、ロイは唖然と目も口も開きっぱなしだ。
「アホ! スケベ! 節操なし!」
 ロイが驚いている間にも、どんどんと上げられる罵詈雑言には終わりが無さそうで、
それはそれで驚きから醒めて、不安を生み出していく。
『叶ったと思ったのは、早合点だったか…』
 順従な様子に、てっきりエドワードもと思いきや、自分の願望の都合の良い解釈だったのだろうか、
と落胆が心を過ぎる。
 が、別段、それで酷く落ち込むという事も無い。 
 要は、捕まえれば良いことなのだから。
 そんな風に考えながらも、悪態を吐き続けるエドワードを眺めている。
「誑しで、色魔! えっーとぉ、無能!!」
 威勢良く吐き出されていく単語に、ロイの眦も肩も、情け無さそうに下がっていく。
「鋼の…、そこまで言わなくても…」
「何だよ! 間違って無いぞ、俺は! 大体、初心者に飛ばしすぎだろ!
 手加減って言葉を、あんた知らないのかよ!
 もう少しで、…… 息できなくて、死ぬかと思った…」
 はぁ~としみじみ呟かれた最後の言葉に、ロイは思わず噴出してしまう。
「何だよ!」
 そんなロイの反応が気に障ったのか、ギロリと睨め付けてくる視線に、慌てて口元を引き締める。
「いや…、すまない」
 それ以外言うべき言葉も思い当たらず、取り合えずそんな謝罪を告げておく。
 ロイの反省心を窺うような視線を寄越してくるエドワードに、出来るだけ神妙な表情を作って見せる。
「…… ふん、わかりゃいいんだよ」
 言うだけ言うと、ようやっと溜飲が降りたのか、ポスンと腕の中に納まってくる。
 そんなエドワードの可愛い照れ隠しが、可愛くて、嬉しくて、愛おしくて仕方が無い。
 だから、感情のまま素直に告げる。 最初には告げそびれた、大切な言葉を、想いを。
「鋼の…、いや、エドワード。 君が好きだと気づいて、今は君を愛してると言える」
 そう、好きかどうかと問いかけていた気持ちは、好きだと判った時点で、愛へと膨らんだ。
 きっと最初から、愛する気持ちは育っていたのだろう。 でも、それを素直に受け止めれなかっただけで。
 だから、気づいてしまえば、堰き止められていた思いが、最初から存在していたように、
きちんと告げられる、心から。
 俯いてその言葉を受け止めていたエドワードの頬が、仄かに赤らむのを、
ロイは子供のように胸を弾まして、見守り続ける。
 彼から返る言葉を期待して。
 ロイの告白に、小さく身じろぎした後、エドワードは深い嘆息を吐いたかと思うと。
「俺も…好き…………かな?」
「かな?」
 長く間の空いた返答に、思わず聞き返してしまう。
 語尾が上がって、詰るようになってしまったのは、仕方ない気持ちの表れだ。
「だ、だって! 仕方ないだろ! 俺、この気持ちを比べるものが、ないんだから!」
 宣言のように告げられた言葉に、ロイの目がパチクリと開かれる。
「あ、あんたはいいよ、幾らでも比べれるものがあってさ。 で、でも俺は、
こんな気持ちになるのも初めてだし、自分でも解んない箏ばかりで・・さ。 
グルグル考えが回ってて…。自分でも変だとか思うし」
 ロイは思わず腕の中に納まっている相手を眺める。
 確かに、逢った時よりは随分と大人びてきたとは思う。
 精神的には、そこら辺の軟弱な大人たちには、足元にも寄れない強さを備え。
 痛みに強く、過酷な思いも乗り越すだけの強靭さもある。
 が、それはどうやら、自分の事以外に関してと条件が付いているようだ。
 エドワードの言葉で黙り込んでしまったロイに、居心地悪げに身じろぎ、そっと窺ってくる。
 その可愛らしい仕草に、思わず笑みが込上げてくる。
「…なんだよ」
 ロイの浮かべた笑いを誤解でもしているのか、不貞腐れたような表情を見せてくる。
 ロイは、そんな表情も嬉しいとばかりに、満面の笑顔を浮かべて、
腕の中の身体を、自分へと引寄せる。
「別に、いいんじゃないのか?」
 そう突然告げられた言葉に、疑問を浮かべた視線が向けられる。
「初めてなら、これからゆっくりと知っていけば? 勿論、私とだがね」
 そう告げて、ロイは小さな苦笑を浮かべる。
「それに、私だって始めてのようなものだよ?」
 その言葉には異論があるようで、エドワードが口を窄めて突き出して見せる。
「本当だよ? …これ程、心惹かれて、自分から欲して、告げた相手は……、
君だけ、エドワード・エルリックだけだ。
 だから、私も君と同じさ。 今でも、君が私の事を好きだろうかと思うと、
ほらっ、心臓がビクビクしてるだろ?」
 そう話してやりながら、エドワードを胸元に抱きこんでしまう。
 ロイの胸に頭を付けるような格好になったまま、エドワードは静かにその心音を聞いている。
 伝えてくる鼓動は、確かに自分ほどではないにしろ、トクトクと逸る感情を伝えてくれる。
 
 静かに耳をつけて、自分の鼓動を聞いている相手を、ロイは不可思議な思いを噛み締めながら、
抱いている。
 これ程、綺麗な人間を、神はよくも、自分などに捧げてくれたものだと。
 過去に数え切れない罪を築き上げ。 そして、これからも、その山は増えるだけだろう。
 罪を償う為と嘯く野望は、本当は己の呵責を償うためだ。
 どこまでも自己中心で、自己満足を突き進んでいるような、臆病で卑怯な、汚れきった自分にとって、
彼は、その容姿も性根も、生き様さえも潔すぎ、綺麗過ぎる。
 どんな気まぐれか、それとも憐れみなのか。
 そうでなければ、彼は …、自分への贄なのだろうか、神からの。
 これ以上の悪行への諫めの為の…。

 だとしても、とロイは思う。 
 それがどうしたと言うのだ。 
 神だろうが、悪魔だろうが、自分の人生にどんな処罰や処断が下されようとも、
その道を歩くのは誰でもない、他ならぬ己だけなのだ。 
 なら、欲するもの位は、自分が決める。
 幾千の道が在り、幾千の人と出会っても、選ぶ道も、求める相手も、自分が決め続けて見せる。
 そして、最後の審判が下されたとき、初めて謝罪しよう、心から。
 自分の足下に踏みつけられた者たちに。
 自分が選び、欲した相手に。
 自分の人生の波に、巻き込まれた不運な人々に……。

 そんな事を考えて、じっと見ていたのに気が付いたのか、ふいに顔を上げたエドワードが、
嫌そうな表情を浮かべて見せてくる。
 どうしたのだろうと、首を傾げて窺ってみると。
「あんた、今、嫌な事考えてただろ?」
 その問いかけに、思わす目を瞠る。
「まるで全ての悪行は自分のせいです、みたいな自虐的な目だぜ、それ。 あんたが何を考えて、
そんな目してるのかは知らないけど、俺に関してだけ言っておくと、鬱惜しいから、ヤメロ」
「エドワード…?」
「俺は俺の人生を自分で決めて進んでる。 もし、そのぉ、この気持ちが、
あ、愛とかだって言えるようになったとしても、それは俺が考えて決めた事だ。
 あんたの手柄じゃない。 
 他人に自分の人生の責任を負ってもらうなんて、真っ平だ。
 だからあんたも…、自分の人生だけ、責任もてばいいじゃんか」
 あんた、ちょっと思考が暗いぜとか何とか、ぶちぶち言いながら告げてくる相手を、
ロイは呆気に取られ続けるしかない。
 今先ほどまで、色事の手始めにさえ、戸惑ってばかりだった子供が、
人生を諭してくる。 その話される言葉が上っ面では無いことは、ロイにも痛いほど解っている。
 エドワードの話す言葉には、それを成し遂げてきた者の真実の重みがあるからだ。
 ロイは込上げてくる喜びが、笑いとなって出て行くのを止めることが出来ない。
 クスクスと笑いながら、今度はエドワードに自分が凭れかかる。 
「おっ、おい。 重いってば」
 口ではそんな事を言いながらも、しっかりと受け止めてくれるエドワードに寄りかかりながら、
ロイは離れるものか、離すものかと強くしがみ付く。
『私ほど、幸運な者はいないな…』
 彼は神が降した贄などではない。 そんな運命を甘んじるほど、か弱い小羊などで納まる器のはずも無い。
 彼、エドワードこそは、ロイが崇め、尊崇し、敬う唯一の人の身を持つ神なのだ。
 そう、自分こそが、彼に捧げられた供物の一つにしか過ぎない。
 
 彼は人の姿をして、自分の前に光臨してきた神そのものだ、ロイにとっての。
 暗く長い闇の道の中、常に天空の一点で、燦然と清冽な輝きを放って、自分を見下ろしてきた。
 ロイは届かぬ腕を、その星に焦がれるように上げ続ける愚かな弱人だ。
 ずっとずっと、この手は届かないと思い込んでいた。
 そう、手は届かなかった。 相手が降りて来てくれなければ。
 今、地表に降り立った星は、迷わず自分に手を差し伸べてくれている。
 他の誰でもなく、自分にだ。
 これほどの僥倖を得れて、己の幸運を思わぬ者は、一人としている筈が無い。
 だから素直に感謝した。 
 心の底から、喜びを噛み締めれた。
 
 自分には祈るべき神も、信じる神もいない。
 ―― 今更祈った処で、信じた処で、とうに見放されている。
 それでも、何一つ困ることも、恥じる事も無い。
 彼が自分を選んでくれた。 
 唯一と崇める存在が自分を選んでくれたのだ、他に必要なものが在る筈が無い。
「君が大好きだ。 愛している、私の…    」
 最後の言葉は、自分の中でだけ呟く。 
 そんな馬鹿げた思いは、恥ずかしくて伝えられない。
 星に願いをかけ続けてたなんて、そんな子供じみたことを。
 言えば、きっと彼は大笑いするだろう。 そして言うのだろう。
『自分はそんな大それたもんじゃない』と。
 そんな事を考えて、クスクスと笑い続けているロイを、エドワードは呆れたような瞳で眺めている。
 そんな些細な表情も嬉しくて、じっと見続けている瞳の上に口付けを落とす。
 落とした瞬間だけ閉じられる瞳は、またパチリと開かれ、ロイを映してくる。
 その瞬間が嬉しくて、何度も何度も口付けを舞い落としていると、いい加減面倒になったのか、
瞳は閉じられたままになった。 それは次を誘っているようで、ロイを喜ばすだけになり、
次にはゆっくりと互いの唇を重ねる行為へと移っていった。

 想いを認め合った二人にとって、それからの日々は蜜月の時期だ。
 忙しい二人だから、逢う時間もままならないが、不思議なことに、ピッタリと寄り添って
いるような感覚が、気持ちを穏かにしてくれ、離れている時間の慰めになる。
 時間が巡ると、相手の傍に寄りそう時が訪れる。
 そして、僅かな時間を二人で過ごせば、また別れがやってくる。
 そして、また巡り合うまでの時を待ち焦がれて、今出来る事を必死にこなしていく。
 
 そうそれは、輪舞にも似ている。
 巡り逢った相手と、まずは視線を交わし、
 次に腕を回す。
 そして、触れる箇所を広げて、相手を取り込む為に絡めていく。
 物憂げなリズムに合わせて、自分の鼓動を相手に伝え。
 返される鼓動を、自分の身体に刻み込む。
 着きつ、離れつを繰り返し繰り返し…。
 一つの音が、一つの想いを。
 一つのステップが、一つの歓喜を。
 互いに絡ませ続けていくうちに、魂は混じりあい溶け込んでいく。
 
 今の時を謳歌するかのように、
 来るべき別離を惜しむかのように。
 この時を、踊り続けていく。
 今が至福だと知り得るのは、互いが離れてからだけだろう…。



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